[編集] 歴代国家元首 ヴィルヘルム・ピーク(注1):1949年 - 1960年 ヴァルター・ウルブリヒト(注2):1960年 - 1973年 フリードリヒ・エーベルト(注3):1973年 ヴィリー・シュトフ:1973年 - 1976年 エーリッヒ・ホーネッカー(注4):1976年 - 1989年 エゴン・クレンツ:1989年 マンフレート・ゲルラッハ(注5):1989年 - 1990年 ザビーネ・ベルクマン=ポール(注6):1990年 注1:ヴィルヘルム・ピークは、「大統領(Staatsprasident)」、それ以降は「国家評議会議長(Staatsratsvorsitzender)」。 注2:ヴァルター・ウルブリヒトは、社会主義統一党(SED)書記長兼任(1949年10月〜71年4月)。 注3:フリードリヒ・エーベルトは、国家評議会議長代理。 注4:エーリッヒ・ホーネッカーは、SED書記長兼任(1971年4月〜89年10月)。 FX取引、FX初心者、くりっく365、FX口座開設、FX資料請求 注5:マンフレート・ゲルラッハ(ドイツ自由民主党出身)の評議会議長在任は、1990年の自由選挙実施時まで。 注6:ザビーネ・ベルクマン=ポールは、人民議会議長・暫定国家元首を自由選挙実施後から再統一時まで務めた。 [編集] その他 オットー・グローテヴォール - 初代首相。東地区のドイツ社会民主党出身。 FX ギュンター・シャボウスキー - ベルリンの壁崩壊の直接のきっかけを作ったSED政治局員。政府報道官。 エーリッヒ・ミールケ - ベルリンの壁崩壊直前まで32年間にわたりシュタージのトップ(国家保安省長官)を務めた。SED政治局員候補。 マルゴット・ホーネッカー - エーリッヒの妻。保健相を務め、エーリッヒの後継者候補と目されていた。 ロタール・デメジエール - キリスト教民主同盟党首。1990年の自由選挙から再統一による国家消滅まで、最後の東ドイツ首相。再統一後は自党を西側の党へ吸収合併させ、コール政権へ入閣したが、1991年、シュタージの協力者だった経歴が発覚して失脚。 FX [編集] 外交政策 他の東ヨーロッパの社会主義国同様、ワルシャワ条約機構に属していた。DDRの軍隊である国家人民軍の人数は約9万人で、約26万人の在独ソ連軍の3分の1ほどに過ぎなかったが、「棍棒で鍛えられた」とも表現されるその錬度の高さはワルシャワ条約機構軍一と言われ、同軍の武器庫、弾薬庫の鍵は、叛乱を恐れ必ず在独ソ連軍の将校が管理したとも噂された。T-72その他の同軍の兵器はソ連仕様よりも武装や装甲が大幅にスペックダウンされており実際にソ連側にとっての叛乱防止の意図があったと見られている。 FX 「東ドイツは国土の約4分の1が在独ソ連軍の基地や演習場で占められていた」、「東ドイツは約26万人(東欧革命より少し以前の陸軍のみの兵力と思われる)の在独ソ連軍に支払う思いやり予算の重圧で自然崩壊した」等の言説は、現在では西側マスコミによるプロパガンダだったというのが通説となっている。 1973年、西ドイツと同時に国際連合に加盟。なお、ドイツ民主共和国はナチス・ドイツと戦ってきた反ファシズムによって樹立された政権であり、ベルリンの壁の崩壊まで第2次世界大戦によるナチス・ドイツの侵略戦争やホロコーストに対する責任を負う立場にないとしていた。 FX [編集] 地方制度 県区分図当初は5つの州(Land) が置かれた連邦制で、旧西ドイツの連邦参議院にあたる参議院 (Landeskammer) も存在したが、1952年以降は14のBezirk(日本語では「県」と訳される、東ベルリンは除く)に再編されて参議院は廃止され、中央集権化が進められた。 ドレスデン県(Bezirk Dresden、県都はドレスデン) カール=マルクス=シュタット県(Bezirk Karl-Marx-Stadt、県都はカール=マルクス=シュタット) ライプツィヒ県(Bezirk Leipzig、県都はライプツィヒ) ゲーラ県(Bezirk Gera、県都はゲーラ) エアフルト県(Bezirk Erfurt、県都はエアフルト) ズール県(Bezirk Suhl、県都はズール) ハレ県(Bezirk Halle、県都はハレ) マクデブルク県(Bezirk Magdeburg、県都はマクデブルク) コトブス県(Bezirk Cottbus、県都はコトブス) ポツダム県(Bezirk Potsdam、県都はポツダム) フランクフルト県(Bezirk Frankfurt (Oder)、県都はフランクフルト・アン・デア・オーダー) ノイブランデンブルク県(Bezirk Neubrandenburg、県都はノイブランデンブルク) シュヴェリーン県(Bezirk Schwerin、県都はシュヴェリーン) ロストック県(Bezirk Rostock、県都はロストック) 1990年7月23日に人民議会によって州の復活が決定し、以下の5州が設置された。この5州を新5州、東ドイツ5州という。 ザクセン州 ブランデンブルク州 ザクセン=アンハルト州 メクレンブルク=フォアポンメルン州 ベルリン州 上記5州は、ドイツ基本法23条に基づいてドイツ連邦共和国に加入した。 [編集] 経済 ここでは、東ドイツを5つの地域(北部・中部・東ベルリン・南部・南西部)に分けて論じる。 [編集] 北部 ロストックの港ロストック県、シュヴェリーン県、ノイブランデンブルク県といった北部は農業地域であった。また、バルト海に面するロストック県では水産業も盛んだった。工業部門では、港湾都市ロストックで造船業がみられた。ロストックは、ソ連、東欧に輸出するための最も重要な貿易港でもあった。また、シュヴェリーンやノイブランデンブルクで金属加工、軽工業が発展していた。 [編集] 中部 マクデブルク県、ポツダム県、フランクフルト・アン・デア・オーダー県、コットブス県でも、農業が盛んであった。また、コットブス周辺は褐炭の最大生産地域であり、同県のエネルギー産業は東ドイツのエネルギー生産の約4割を支えていた。そのほか、アイゼンヒュッテンシュタットの鉄鋼コンビナートや、マクデブルクの機械製造工業などが発展していた。 [編集] 東ベルリン 工業、通信、サービス業などが盛んであった。シーメンスやAEGを受け継いで、電気・電子産業も発展した。 [編集] 南部 1983年型600ccトラバントP601Lドレスデン県、カール・マルクス・シュタット県、ライプツィヒ県、ハレ県といった南部は、東ドイツにおける工業地域であった。ハレ県では化学産業が盛んで、東ドイツにおける生産全体の4割程度を支えた。カール・マルクス・シュタット県では繊維産業が盛んで、東ドイツ全体の5割強を支えた。また、同県のツヴィッカウはトラバント(東ドイツの自動車)の生産で知られた。 [編集] 南西部 エアフルト県、ゲーラ県、ズール県も東ドイツにおける工業地域であった。エアフルトとイエナにおける電子・光学産業や、アイゼナハの自動車産業が発展した。 カールツァイスイエナ製プラネタリウム 兵庫県明石市 明石天文科学館 [編集] 文化 音楽・演劇・スポーツなどでは、「西ドイツを大きくリードする目覚しい成果が挙げられた」とされている。 [編集] 音楽 音楽ではドレスデン国立歌劇場管弦楽団、ライプツィヒ・ゲヴァントハウス管弦楽団などの伝統あるオーケストラが活動し、クルト・ザンデルリング、オトマール・スウィトナー、ヘルベルト・ケーゲル、クルト・マズアといった指揮者や演奏家が活躍していた。なお、クラウス・テンシュテットは東ドイツでの活動に疑問を感じ、1971年に西側に亡命している。 作曲家では、ナチス時代にアメリカに亡命していたハンス・アイスラーやパウル・デッサウが戦後に帰国し、楽壇の中心的存在として活動した。 しかし、東ドイツ出身の作曲家ヨルク・ヘルヘットは、「何年に十二音技法が解禁、何年にはシュトックハウゼンが解禁などという謎のルールに縛られた奇妙な文化政策」であったことを告白している。 [編集] 文学 ナチスドイツに抵抗した文学者たちの中で、アンナ・ゼーガース、アルノルト・ツヴァイクやベルトルト・ブレヒトは東ドイツで活動を続けた。また、クリスタ・ヴォルフは「引き裂かれた空」で、ベルリンの壁のできる前後の時代の東ドイツの生活を描いた。 [編集] スポーツ [編集] オリンピック 詳細はドイツ民主共和国のスポーツを参照 スポーツでは、他の社会主義国同様国家の威信をかけた強化策が取られ、陸上競技や水泳競技などはオリンピックなどでも輝かしい成績を残した。特に1970年代後半から80年代に掛けてはアメリカを抑えて世界第2位の金メダル大国となった。 ただし、その陰には組織的なドーピングが存在し、シュタージによるスポーツ関係者の監視や協力要員化が行われた。統一後にこれらの問題が噴出し、競技水準の低下が起こった。 [編集] 祝祭日 日付 日本語表記 現地語表記 備考 1月1日 元日 Neujahr 3月8日 国際女性デー Tag der Frau 移動祝日 聖金曜日 Karfreitag 移動祝日 復活祭 Ostersonntag 移動祝日 Easter Monday Ostermontag 5月1日 メーデー Tag der Arbeit 移動祝日 父の日/主の昇天 Vatertag / Christi Himmelfahrt 復活祭後の第五日曜日後の木曜日 移動祝日 聖霊降臨 Pfingstmontag 復活祭から50日後 10月7日 共和国の日 Tag der Republik 建国記念日 12月25日 クリスマス 1. Weihnachtsfeiertag 12月26日 ボクシング・デー 2. Weihnachtsfeiertag [編集] 関連項目 ドイツ民主共和国憲法 ドイツ民主共和国のスポーツ サッカー東ドイツ代表 プロパガンダ インターフルク(東ドイツの国営航空) トラバント(東ドイツの大衆用自動車) MZモトラッド (オートバイ。旧称DKW) ベルリンSバーン485型電車(東ドイツの地下鉄車両) 共和国宮殿(東ドイツの議会・ホール建築) ベルリンテレビ塔 消滅した政権一覧 アンペルマン(東ドイツ生まれの信号機キャラクター) グッバイ、レーニン!(映画) 善き人のためのソナタ(映画) ザントマン(クレイアニメ) オスタルギー(旧東ドイツ国民が社会主義時代の過去へ寄せる郷愁を意味する造語) 浦沢直樹 コミックス作品『MONSTER』・『マスターキートン』などで、しばしば旧東ドイツを題材に取り上げている。 思いやり予算 [編集] 参考文献 Hannes Bahrmann/Christoph Links: Chronik der Wende. Die Ereignisse in der DDR zwischen 7.Oktober 1989 und 18.Marz 1990, Berlin:Links, 1999, ISBN: 3-86153-187-9. 山田徹『東ドイツ・体制崩壊の政治過程』日本評論社、1994年 仲井斌『もうひとつのドイツ』朝日新聞社、1983年